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12月26日の地元紙は、次のように注意を呼びかけた。 青森地方気象台によると、青森県は二十六日から二十七日にかけて強い冬型の気圧配置となるため、北西の風が雪を伴って非常に強く、全域で大雪となる見込み。 (略) 同気象台は大雪による交通障害や着雪に注意を呼び掛けている。 予報通り、わが野辺地町はいっきに冬景色に突入した。 <荒れ模様> 県内の鉄路は、日本海側をはしる五能線が早々と前日のうちに運休を決めバス代行すると報じられたから、 のへじ駅から下北半島大湊駅までの鉄路(JR大湊線)も同様だろうと予想して出勤した。 Taxi職場で『一番出』と呼ぶ出番の日は、 7:30から19:00までの勤務で、そのうちの大半の時間を「駅待機」で過ごす。 午前中は電車から降りてきた客を町内へポツリポツリと運んでいた。 手回しよく列車代行のための大型バスが2台準備されていたからだ。 「列車代行がTaxiにはならないのかな?」とあきらめかけていた午後一時、代行バスに並ぶ電車からの降車客の列が途切れずに駅舎内までつづくのが視野にはいった。 「もしかしたら?」待機していた他の七台のTaxiの運転手も同様な心持ちだったろう。 二台の代行バスは降車客を乗せきれずに発車した。 ようやく出番がきた、と駅員に誘導されてTaxiが並ぶ。 二台目にいた私のTaxiへは「むつ横浜駅まで一人」「下北駅まで二人」「大湊駅まで一人」のお客様が乗車され、四名とも女性だった。 Taxi車内は賑やかな話題につつまれた一時間半の旅となった。 こんなとき「食べ物」は強い。ことし話題となった「海軍コロッケ」の話は特に印象深いものだった。 <「海軍コロッケ」ポスター> 「下北駅」で降車した客が、五合瓶のりんごジュースを差し出して、「お世話になりました」と言う。 「えっ、私にですか?」と驚き、とまどいながらも遠慮なくいただいてきた。 27日(土曜日)も荒天はつづき、ニュースは鉄路の運休を伝えていた。 11:30分から深夜1:00までの「二番出」の日、出勤すると町内の「足代わりTaxi」が動いていると言う。 ならば、と車庫で待機して稼動することにした。 雪は断続的に降り、風は強く視界が悪い状況は一日つづいた。 夕方からは忘年会に期待をこめて、さらに車庫勤務をつづける。 結局、多いのか少ないのかわからないような状況で時間が推移して「駅待機」をせずに勤務を終えた。 28日(日曜日)は、16:00から深夜4:00まで「三番出」。 いきなり、のへじ駅からの要請で運休三日目となった大湊線の列車代行をする。 代行バスを3台に増やしたものの、帰省と重なり降車客があぶれてしまったのだった。 一昨日とは違い、乗り合わせたTaxi乗客の口数は少なく、三人家族が下北駅で降車し、一人客が大湊までの実車となった後の7,8分ぐらい一人客とちょっとした会話をしたぐらいだ。 路面状況は気温が上がったせいもあって走りづらいことはなかったが、一昨日から三度目となる往復三時間の長距離はさすがに疲れを覚えて、その後「駅待ち」はしなかった。 普段の日曜日の夜よりは飲食店は人出があったものの、列車代行を終えてからの19:00以降深夜3:30までの稼動は列車代行のメーター料金とほぼ同額だった。 納金して洗車を終えて帰宅したとき、まだ雪が吹き荒れるなか除雪車両が動き出していた。 29日(月曜日)になってようやく荒天は収まった。 日中の散歩でスキー場に行くと、晴天の中、先日より客はようやく多くなっていた。 <まかどスキー場> <小動物の足あと> 今日は19:00から翌朝9:00までの「四番・当直」。 20:00すぎに、スナック「N」から指名がはいる。いつものあの人だろうと予測がつく。 店のドアを開けて声をかけると、客は彼ひとりで「ちょっと中に入って」と言う。 カウンターまで足を運ぶと、おもむろにポケットから小さな袋を取り出して「取っておいてくれ」と差し出す。 見ると小さな子どもにあげる「お年玉」の袋だった。 「えっ?!」驚く私に、店のママがいたずらっぽい口調で「いただいて、私も貰ったのよ」と後押しをする。 この常連のTさんは70歳ぐらいになるが家族はなく貸家で一人暮らしをしている。 半身不随の身体を引きずるようにしてたまには夜に出かける。店はいつも同じ。 出身は九州と聞いたことがあるが、詳しいことは知らない。 珍事のあった夜は久し振りの星空だった。 <雪景色その@> <雪景色そのA> |
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