アラ・ハバキの「道の奥」廻り

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zoom RSS カラ梅雨?の7月13日(木)

<<   作成日時 : 2017/07/17 09:39   >>

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通勤時間のR4弘前バイパスを南下し、碇ヶ関の追分を左折してつづら折りの坂道を上り坂梨峠をこえる。頂上には旧藩時代の道だった炭塚山への史跡案内もあるのだが、いまはとても行けるようにはなっていないようだ。

峠を下りて東北自動車道が近接したところの集落「若木立(わかきだち)」を二藤次(にとうじ)楯に比定する説がある。そうだとすれば、文治五年冬に「打倒鎌倉」をかかげた大河次郎に関連する場所になるのだが。

小坂町から毛馬内へでると、祭りがあるらしく提灯をかざった家があり、商店街の通りで流し踊りがチラッとみえた。

花輪中心部の一画では「花輪のはなのわ市」が開催中でにぎわっていた。

湯瀬温泉への道のてまえにある大里を再訪し、やや高台に意外と多い民家のあいだをぬけて「城跡」を確認し、南側におりると目のまえには水田のさきに花輪線と米代川と尾去沢銅山の山がちかい。

<大里城址から>
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鹿角から田沢湖方面へはしる。
道路端にニッコウキスゲの群生地があり、近くの小公園には四台のクルマがいた。すれちがうクルマも県外ナンバーが目につき、法面保護やがけ崩れ防護工事個所もあった。玉川ダムのひろい水面のエメラルドグリーンの鮮やかさにおどろいていたら、生保内の国道で交差した玉川もまたその色だった。

神代から奥羽山系に沿って南下する県道50号にならぶ小さな集落をへて役場のある美郷町千畑で給油し、真昼岳の山道をめざしたが未舗装になったところで工事中迂回路の標示もあり引き返す。

クルマを返して払田(ほった)柵へまわる。それまで志和城をはじめいくつかの古代城柵を見たが丘陵上に横たわる政庁はめずらしく、中世の平山城のようにみえる。しかし、ていねいに整備管理された史跡で小高い丘から真昼岳方面や広々とした仙北平野がながめられた。

その足で金沢柵跡へもまわった。

<払田柵>
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横手から湯田に出るR107から雨になり、北上市江釣子でついに土砂降り。雨宿りがわりにショッピングセンターで買い物したあと、空模様が回復したので北上川をこえて国見山廃寺跡へいく。

北上川をもどり、小鳥崎館跡を確認したあと、北上駅西にある黒沢尻柵跡をまわって一日がおわった。


<黄金の道:秀衡街道絵図>
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<国見山廃寺周辺図>
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<黒沢尻柵跡>
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