アラ・ハバキの「道の奥」廻り

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zoom RSS もう一つの「岩手地名発祥」伝説、岩手森(いわてもり)

<<   作成日時 : 2017/08/25 13:32   >>

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衣川関から北へ向かう古代の道を、岩手県内では「安倍道」と伝承されている。

康平五年(1062年)、奥州12年合戦(前九年の役)で滅んだ安倍氏が奥六郡に百年間伝えた古道だという。その道の厨川柵から北へつたっていくと「岩手森」という古跡に遭う。
ここは、奥六郡最北の岩手郡の北の境であって、このさきは山並みを越えて比内の贄の柵に通じる。



クルマで国道280号線を盛岡市内から30分もかからずに「道の駅にしね」に到着し、盛岡市と八幡平市の境をめざして南へ小さな川をわたる。

<岩手森マップ>
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渡った先の道を数分も歩いたら、目のまえに「岩手森」があった。
探すのに多少の時間がかかるだろうと覚悟していたのがウソのようにあっけなく「岩手森」はあった。史跡案内板も立てられていたのも予想外だった。

それには

−岩手森(いわてもり)(略)岩手の起源説については、平安時代に大和物語を始めとして、古歌に歌われた「みちのくいわて」「いわて森」は、生出の岩手森とされ、古絵図にも岩手森と記されている。−

と説明されていた。

10数mほどの小高い山で雑木のあいだには訪ねた人たちで自然にできた道があり、すぐに大小ふたつの岩が頂きに並んでいた。

「安倍道を探る」には、

−2m四方の岩が突き出ていて、鬼の手形の伝説をもっていて、玉山や西根の地方の人々は、ここが岩手の名の起こりと語り伝えている。その岩手ノ森の岩の間に、玉山村と西根町の境界標が設置されている。−

とあったが、残念ながら両方とも確認できなかった。

ここはまた、「岩手の関」の比定地のひとつだという。

東へ数分あるいたところには、バス停「岩手森」もあり、振り返ると牧草地ごしに「岩手森」と岩手山がかさなってみえた。


<岩手森入口>
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<頂にあるふたつの岩>
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<岩手森と岩手山>
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