アラ・ハバキの「道の奥」廻り

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zoom RSS 七時雨から犀川・贄の里まで

<<   作成日時 : 2017/09/04 11:20   >>

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国道四号線を南下して、合併して二戸市域となった浄法寺町の名刹天台寺がちかくなると、特長のある双耳峰の姿がみえる。
七時雨山である。荒屋新町にまわって東北自動車道安代JCTごしにみても同じく峰がふたつある。

安代という名は、1956(昭和31年)の町村合併のときに、この地が太平洋に至る安比川と日本海に注ぐ米代川の分水嶺となっていることから、それぞれの一字をとって命名された旧町名で、いまは八幡平市である。


車之走峠をこえた旧鹿角街道は江戸期、曲田から梨ノ木峠・田山と西へいき、小豆沢で鹿角盆地にでていた。
べつに、細野から鍋越峠や寒ノ背峠をこえて坂比平にでて熊沢川にそってくだり、さらに桃枝(とうじ)から巻山峠から犀川ぞいの大葛にでて大館方面に向かう道があった。
それが古代の道ではないだろうかという説もある。

<七時雨山から犀川筋・贄柵マップ>
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鹿角と浄法寺方面への交通の分岐点となっている曲田(まがた)・有矢野(ありやの)・五日市のあたりには中世の城館跡がいくつかある。

2003年(平成15年)に創立120周年と閉校をむかえた五日市小学校の旧校舎がたつ有矢野館からは三方の道が眼下にみえる。手をのばせばとどくような距離だが、安比川とむかいあう低い位置に五日市館があって、いまは安比川河川公園として整備されている。図入りのていねいな説明板が設置されていた。

目名市館はこの二館からやや距離をおいてあり、国道282号線の近い場所にある。街道に面していないことから、当時は奥まった位置だったとおもわれる。
ここにも同様にていねいな説明板がもうけられている。


秋田県境の田山の城館は米代川沿いの地蔵寺の背後の山一帯の大きな規模だったようだ。
田山中心部の道を奥へむかって長者屋敷跡をたずねた。山あいからひらけた地へ出る、そんな場所に「だんぶり長者」の里はあった。

だんぶり長者の伝説は鹿角市小豆沢につながる。



<旧安代町の中世城館マップ>
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<有矢野館から七時雨山>
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<五日市館>
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<目名市館>
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<だんぶり長者屋敷跡>
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