アラ・ハバキの「道の奥」廻り

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zoom RSS はて知らずの記−湯田温泉郷湯本温泉にて

<<   作成日時 : 2017/11/15 10:42   >>

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西和賀町湯田温泉郷湯本温泉の中心部には、その湯本温泉名の下に『山の温泉(ゆ)や裸の上の天の河・俳聖子規曾遊の地』と書かれた大きな看板が通りの上に横たわっていた。

ちかくに「薬泉観音」を祀った一画があり、そこに書かれた湯本温泉の由来にも「俳聖正岡子規が紀行文「はて知らずの記」の中で「山の温泉や裸の上の天の河」と詠われたここ湯本温泉を訪れたのは明治二十六年八月のことでした。」と子規の名が文のはじめに出ていた。

ここは源泉「大湯」の場所のようで、由来記には江戸末期に秋田仙北の猟師が発見したとあり、峠をこえた出羽・仙北地方とのかかわりの古さを語っている。

薬師神社と句碑公園への道はせまい参道となっていて、石段の左右にこけし形の灯籠がならんでいる。温泉街を足もとにみるにはすこし角度がわるい。本殿のわきに北側におりる道があって池のわきにでると、正面に子規句碑とあづま屋があった。

ここに子規文学碑があり、よりくわしく案内が書いてある。

「子規は、その旅すがら八月十六日に秋田県六郷より奥羽山脈を越え、下前を経てここ湯本温泉に一夜の宿をとっている。その折、「山の温泉や裸の上の天の河」ほか数句を詠んだ。」

白露に家四五軒の小村かな

肌寒み寝ぬよすがらや温泉の臭ひ


<湯田温泉湯本周辺図から>
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<湯本図から>
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<源泉の地・薬泉観音>
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<句碑公園へ@>
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<句碑公園へA>
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<薬師神社とこけし形燈籠>
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<子規の池の道>
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<子規句碑>
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湯本から下前へはしってみたら、あんがいと遠く感じられた。

はて知らずの記に、下り、下りてとか曲りに曲りしと二度も文字をかさね、「宵月をたよりに心細くも猶一二里の道」とさらに文字を追加した湯本までは子規の身にはこたえたのだろう。

下前の集落がとぎれたあたりからはややせまいのぼり道になったが、しっかりとした舗装路はまもなく白糸の滝との分岐をこえ句碑のまえにでた。

このさきは冬季通行止めになるようで錆びたゲートがある。

さらに峠にちかづくと六郷とおなじく厳重に通行止めがされてあった。


<峠ふもとの子規句碑>
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