アラ・ハバキの「道の奥」廻り

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zoom RSS 春浅い、もりおか周辺

<<   作成日時 : 2018/03/20 11:01   >>

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盛岡市山岸の「阿弥陀堂跡」の一画にある千手院墓地には、まだまだ長靴が必要なほどの雪がのこっていた。
3月初旬はまだ、盛岡周辺の春は浅い。

 中津川に沿うようにして市街地南部の鉈屋町にでてみても、残雪はところどころにあった。盛岡城下の惣門跡から鉈屋町にある千手院は、原敬墓所がある大慈寺や米内光政墓所のある円光寺のあいだにあった。

 
 山岸阿弥陀堂で知られた天台宗護念山西光院は1972年(昭和47)に廃寺となって、同宗派の千手院が阿弥陀如来像坐像などゆかりの品々をつたえている。

 門前には「厄よけ観音千手院略縁起」とともに、山岸以来の「野田塩ベコの道史跡、南蛮鉄 撫牛こさん」と「木造阿弥陀如来坐像」の説明板が掲示してあった。これによると、「阿弥陀如来像は室町時代の地方作といわれており」とあって、平泉藤原氏の伝承とはなっていない。


<もりおか周辺のマップ>
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<千手院周辺マップ>
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<阿弥陀如来坐像由来>
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前九年合戦の最後の戦地となった「厨川柵」はいまだ確定にいたっていない。

盛岡市内の「里館遺跡」「稲荷町遺跡」が厨川柵と嫗戸(うばと)柵の有力とされているが、隣接する滝沢市の大釜館遺跡や八幡館山遺跡からは前九年合戦時代の土器等が出土していて、さらにその西に位置する雫石町には北浦六郎と呼ばれた貞任の弟重任の館跡とつたえられる地もあって注目されている。


 盛岡市街地から滝沢市を素通りして雫石町をめざすと、積雪が多くなりスキー場がよけいに近く感じられる。
 町役場の西側にある北浦稲荷神社は雪が深かった。中心部のすぐ北にあって、小中学生等の下校時にもあたっていたため、あたふたと立ち去って来たみちをもどる。

 R46号の仁沢瀬地内から左折すると、秋田新幹線のむこうに看護短大の校舎があり、そこを右にいくと「千ヶ窪」でつづく山が「八幡館山」だった。
 小さな流れにかけられた橋には赤く塗られた欄干があって目をひく、そこが八幡館山の登山口になっていて、遺跡案内板もあった。

 道をもどると、ちょうど新幹線が山際を這うようにしてゆっくりととおりすぎていった。


大釜館跡遺跡は大釜コミュニティセンター前に遺跡説明板があって、東林寺にかけての一帯が遺跡となっていた。ここから八幡館山が近い。



<北浦稲荷神社>
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<大釜館遺跡と八幡館山遺跡マップ>
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<八幡館山遺跡図>
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<大釜コミュニティーセンターと奥に八幡館山>
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<東林寺から八幡館山>
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