アラ・ハバキの「道の奥」廻り

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zoom RSS 去返公嶋子と遠胆沢公母志

<<   作成日時 : 2018/03/29 17:26   >>

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残された資料から、8 〜 9 世紀にかけて全国に移配されたエミシの分布状況をみると、陸奥国に隣接する常陸・下野国が多く、また近江・播磨国などには有力なエミシ集団の居住が多くみられる。

 また、『類聚国史』風俗部( 2 )延暦17 年(798 )6 月21 日条には

   勅相模・武蔵・常陸・上野・下野・出雲等之国、帰降夷俘、

 とあり、ここでは内国に移配された「帰降夷俘」の処遇に対する政府の方針などが述べられている。
(移配先の)記事では東国とは離れた出雲国がみられるのも目立っているが、これは当時の出雲国司の移配エミシに対する政策が関係していると思われる。

 朝廷は、城柵を設置して多くの移民を東北に導入する一方で、蝦夷を全国各地に強制移住させる政策も実行したのである。東北地方以外の国々に蝦夷を移住させることは奈良時代以来の政策であった。東北地方への移民と蝦夷の他国への強制移住は表裏一体のものだったのである。
 
 ただし、各地に強制移住させられた蝦夷の子孫がたどった道は、ほとんどわかっていない。


「蝦夷の強制移住 朝廷側移民と表裏一体/平泉の道22」(工藤雅樹)では、移配されたエミシの二人を次のように紹介している。

@ 延暦24(805)年、播磨国の蝦夷(えみし)で蝦夷爵第二等の去返公嶋子(さるがえしのきみ・しまこ)が浦上臣(うらかみのおみ)という姓を賜っている。

去返公とは、朝廷が猿ケ石川流域の蝦夷の族長に与えたものである。反政府的な行動がめだつようになったからなのであろうか、仲間とともに播磨国に移住させられたのである。

 『倭名類聚抄』には播磨国賀茂郡・美嚢(みなき)郡に夷俘(いふ)郷があったことが記されており、彼らが集団居住させられることがあったことがわかる。そして俘囚長が選任され、人々を統括したらしい。
嶋子の場合も、播磨国に送られた俘囚集団のまとめ役の役割を担わされていたのであろう。

A 弘仁5(814)年の条には遠胆沢公母志(とおついさわのきみ・もし)が出雲の叛俘(はんふ)、すなわち乱を起こした俘囚(ふしゅう)を討った功績により外従五位下(げのじゅごいげ)を授けられている。

 遠胆沢公の称号も、胆沢地方、または胆沢よりもなお奥地の蝦夷の族長に与えられたものである。
 もともとは岩手県地方の蝦夷の族長の家柄に属する人物なのだが、本人の代なのか、父や祖父の時代のことなのかは明確ではないものの、いつの頃(ころ)かに西日本に強制移住させられているのである。


 去返公嶋子について、司東真雄氏の著「岩手の歴史論集(古代文化)」では

 去返公はサルガエシのキミと訓ずべきだから、今の東和町と北上市臥牛と花巻市島とを含む地で、恐らくのちに猿ケ石郷となったのであろう。明治まで島村であったところとその東の山の臥牛が島の里で、島子の住所は今の臥牛(ふしうし)の寺跡というところではなかったか、猿ケ石川流域が一望のもとに見られるよい地点で、島の里に居ったのであるから、その地名をとって島子を称したものであろう。

と説明されている。


 また、遠野市柏木平(田瀬ダムの上流)は猿ヶ石川の湾曲部にあるが、そこにも「去返公嶋子」の伝承があり、サイクリング道のトンネルの名称を「須麻古トンネル」とし、その由来を掲示している。


遠胆沢は花巻市豊沢を擬定地とする説がある。
  
<稗貫郡の「古代集落と律令支配」:菊池賢/古代蝦夷と律令社会−奥羽史研究叢書7>のなかから、
「古館U遺跡」の説明を抄録すると、

 花巻市中根子の豊沢川左岸・沖積段丘面にあり、奈良時代15棟・平安時代8棟の住居跡が報告されている。西方約500mの地にある熊堂古墳群とは重なる時期があることから古墳群造営者のムラとも言われる。
本遺跡では奈良末から平安初頭にかけて、集落の展開に数十年の隔たりがあった可能性がある。少なくとも集落の規模は縮小しているとみたい。近傍の万丁目遺跡からも奈良時代の住居跡が検出されており、一連のムラであったようだ。

となっている。

この地と遠胆沢公の称号をえた一族の時代とがかさなるようにも思われる。



<豊沢川と猿ヶ石川>
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<臥牛寺についての説明板から>
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<臥牛寺から猿ヶ石川>
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<柏木平と猿ヶ石川>
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<柏木平レイクリゾート図>
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<熊堂古墳群南を流れる豊沢川>
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<古館遺跡あたりから奥羽山系>
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