アラ・ハバキの「道の奥」廻り

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zoom RSS 鳥取砂丘へ、「紙漉きの村」黒谷へ

<<   作成日時 : 2018/04/28 13:13   >>

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 たつの市内を南北に流れる揖保川にそって北にむかう。R179は出雲街道の名があり、国道番号を変えながら岡山県津山市、鳥取県米子市をへて松江市で島根県へ出る古代からつづく道である。

 となり町の佐用郡佐用町と合併した三日月町は江戸期の陣屋町で、その練兵場だった三方里山(さんぼりさん)は公園となっているが、斜面に大きな三日月形に草が刈られていた。この辺りを並行する姫新線の斜面には遠目にもあざやかな芝桜が咲いていた。

 中国山地は佐用平福ICからは無料供用となっている鳥取道にのり、雨で断念した鳥取砂丘をめざした。

 長い山地の縦断をおえて鳥取ICで下り、市街地のはずれでR9と交差するとまもなく砂丘で、まずは砂丘センター展望台にクルマをとめた。ここからはリフトで砂丘におりていく、ここからは丘が視界をさまたげて全体はみえない。はきかえた長靴でちょっと上ると水のない広い池のように砂丘があり、それほどの広大さは感じられなかった。

 客待ちのラクダが四頭いた。池の底面に残ったようなオアシスのわきを通って、堤のように盛り上がる丘に上がると日本海が目のまえに広がる。風がつよくて長くは立っていられず、丘の斜面を下っていきオアシスの周りでなにやら調査している人たちを横目に、ゆっくりとラクダに近づいていった。


<三日月町の三日月形>
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<姫新線の芝桜>
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<因幡の白ウサギ>
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<鳥取砂丘山内図>
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<砂丘と日本海とラクダ>
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 鳥取からR9で京都府福知山市までの道のりは遠かった。

 福知山バイパスでR9とわかれ、山陰本線に沿う県道8号線をいき、綾部市街地を過ぎたところでさらにR27で舞鶴市方面へむかった。ここから目的の地へは山が深くなってきた。

 「丹波のどんつき」と自称する綾部市黒谷町は舞鶴市真倉と境する集落で、平家の落武者が都から逃れ来て住んだという伝えがある。

 この黒谷集落は古くから「紙漉きの村」であって、いまも「和紙の里」として伝統をつないでいる。ここから数km奥にある奥黒谷(八代)には安倍宗任の伝承がのこされ、いまも八代神社に祀られているという。

 安倍宗任の伝承は山を越えた舞鶴市真倉につながる。

 市境を越えてまもなくR27の一ノ瀬橋北から左にはいる道がある。並行する舞鶴線の線路とは反対側になる。クルマをいれると林道で、この先は通行止めの案内とゲートが設けてあり、かたわらに「紫竹山稚児ケ滝不動明王参道入り口』の看板が立っていた。

 この「真倉の不動さん」とよばれる不動堂が安倍宗任とその子千世童子の隠れたところだという伝承がある。すこし歩をすすめ、二つ三つ曲りをこえた所であきらめてもどってきた。


<「和紙の里」黒谷>
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<黒谷から奥への道>
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<真倉の不動入口>
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