敦賀市から、遠路はるばる


八戸行各駅停車 12:44着 (青森発11:59)
青森方面行特急 12:45着


寝台特急日本海 敦賀駅発19:43 青森駅着8:34
乗車券11,340円 寝台券9,450円



敦賀からですか!遠いですね」
八戸行きの各駅電車と青森方面への特急電車が相次いで停車する時間だったので、どちらの電車からの降車客かわからない。
「むつ市の斎場へ」と告げた三姉妹は「福井」といってから「敦賀市」の名を出した。
東京経由ですか?と聞いたら、いいえ日本海がわを走る寝台列車で青森に着きました、という。
広域の地図を頭に浮かべながら、「ご両親がこちらの出身なんですか?」

浜奥内と答えた具体的な地名が、何のために今Taxiに乗っているのかという現実感を伴ってきた。
その両親は後続するTaxiに乗車している。

「午後二時に間に合えば!でも、あまり無理をしなくてもいいですよ」
途中で、そう付け加えた。


事情が事情だからあまり能天気な話は遠慮しなくては。


むつ湾が左手に広がってきた。
この風景はいつみても良いものだ。まして今日は穏やかに晴れている!

「ここ2,3日ヤマセで霧が濃かったんですが、今日はいい日和です」
「朝方、青森駅へ降りたときは、霧が濃かったですよ」

下北半島の先がモヤに隠れて見えない。気温が上がっているのだろう。


<敦賀市マップ ①>
画像


<敦賀市マップ ②>
画像



「敦賀」は古名を「角鹿(つのが)」という。

敦賀は古代三大要津(港)のひとつであり、笥飯浦(けいのうら)と呼ばれていた。
笥飯(けい)は気比(けひ)神宮にその名がのこっている。
気比神宮境内摂社にツノガアラシト(古代朝鮮からの渡来人)を祀る角鹿神社があり、この角鹿神社東側の地区を戦後、角鹿町と名付け、町内にある中学校を角鹿中学校と呼び、この敦賀の地名起源伝説を今日に伝えている。

-角鹿中学校HPから転載加筆-



北前船の湊町として栄えた野辺地は北陸地方と縁が深い。

「野辺地町に「角鹿(つのか)」という苗字がありますよ、初代村長も角鹿さんです」
そんなところから話題をつないでいった。

「三沢市の近くには気比(きび)神社もありますよ、いまは馬の神様で有名です」
「縁があるんですね」
ただ、彼女たちは三沢市がわからないという。

「歴女」でも「文学少女」でもなかった三姉妹には、難しく感じたらしい。
それでもなんとか話を受け止めようとする。

「芭蕉が月の俳句を詠んだって、学校で習いました」
と「奥の細道」に触れたりする。


風力発電用の風車の巨大さに驚いたり、路肩の防雪柵を見て興味を浮かべたりして、国道279号線を北に向かう。


「この辺が浜奥内です」
「もう20年ぐらい前の小さい頃ですから、あまり記憶がないわ。何にもなかった」
左手前方にみえる釜臥山と恐山とを説明しながら、むつ市郊外を進む。

大曲地区で国道279号線とは別れ、大湊方面への道に入る。郊外型店舗が並ぶ。
「意外と大きな店がありますね。スーパー銭湯なんかもありますか?」
今夜の宿泊場所も聞いていないらしい。
「ホテルも数軒あるし、温泉もありますよ」


市営運動公園を右にハンドルを切って、新しい市役所前に出る。
「まもなく目的地です」
「変わった市役所ですね」
「元はスーパーのダイエーの建物だったんです」

矢立温泉への案内板から左手の道に入る。
「この先にある、お寺の隣ですから」


午後二時には、5分早く着いた。
すでに儀式は始まろうとしているようだった。
慌ただしい挨拶を交わして、三姉妹と両親は長い旅の目的地に着いた。









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この記事へのコメント

落武者
2010年05月25日 22:59
先日のGWに敦賀までいってきました。京都が近いせいかやはり上品な佇まいの街でしたね。
北上の越前海岸は絶景ですね。
アラハバキ
2010年05月26日 23:16
落武者さんへ
良いですね!!
彼女たちの言葉が柔らかくて、ついつい話し込んでしまいました。迷惑だったかも?

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