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アラ・ハバキの「道の奥」廻り
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鶴形、二井田、向能代から能代北へ 2
鶴形、二井田、向能代から能代北へ 2 機織轌ノ目(はたおりそりのめ)やら鰄渕(かいらげぶち)などの難読な地名を話題にし、悪戸って八戸にも弘前にも同じ名があるなぁなどと言いながら米代川をわたり、向能代の中心部をとおりすぎて東雲(しののめ)の台地に上がる道を北へむかった。 ...続きを見る

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2017/10/01 09:57
鶴形、二井田、向能代から能代北へ
鶴形、二井田、向能代から能代北へ 9月の中旬、天気予報は晴れだったが午後になって一転しひどい土砂降りに遭遇した。野辺地からは200kmはなれた能代市への往復という距離のせいではないようだった。 ...続きを見る

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2017/09/30 11:20
大館・比内地方の遺跡から
大館・比内地方の遺跡から 『吾妻鏡』に比内郡、また肥内郡贄柵と表記された地は現在の大館市や市内仁井田が有力な擬定地となっている。 ...続きを見る

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2017/09/26 19:27
七時雨から犀川・贄の里まで 続
七時雨から犀川・贄の里まで 続 ≪犀川周辺の“藤原”伝承から≫ ...続きを見る

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2017/09/05 10:32
七時雨から犀川・贄の里まで
七時雨から犀川・贄の里まで 国道四号線を南下して、合併して二戸市域となった浄法寺町の名刹天台寺がちかくなると、特長のある双耳峰の姿がみえる。 七時雨山である。荒屋新町にまわって東北自動車道安代JCTごしにみても同じく峰がふたつある。 ...続きを見る

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2017/09/04 11:20
七たび、しぐれる山をこえて
七たび、しぐれる山をこえて 国道四号線の最高地点458mの十三本木峠(中山峠)を越えると南に岩手山が初めてみえる。 地図をみると右手の西岳のむこうに七時雨山がある。そしてまもなく二戸郡一戸町と岩手郡岩手町の境となり、北上川源流の案内板を左にして国道はゆるやかに下りをつづけていた。岩手町にある道の駅「石神の丘」で休憩し、その先から右折して「西根」にクルマをむけた。 ...続きを見る

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2017/08/30 09:18
もう一つの「岩手地名発祥」伝説、岩手森(いわてもり)
もう一つの「岩手地名発祥」伝説、岩手森(いわてもり) 衣川関から北へ向かう古代の道を、岩手県内では「安倍道」と伝承されている。 ...続きを見る

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2017/08/25 13:32
衣河関から北へ、六原野を巡る
衣河関から北へ、六原野を巡る 胆沢川を五松林橋でこえると川北の東西に横たわるように永栄地内、その北に覆いかぶさるよう永沢地内とつづいている。 ...続きを見る

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2017/08/13 11:15
衣河の関から北へ、胆沢川まで
衣河の関から北へ、胆沢川まで 道の駅平泉でお昼休憩をしたあと衣川地内にむかった。 ...続きを見る

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2017/08/12 17:23
子規の句碑と水沢区真城の古道
子規の句碑と水沢区真城の古道 正岡子規は、1893年(明治26年)7月19日から8月20日までの約1ヶ月 間、芭蕉の足跡を訪ねて東北地方を旅し、「はて知らずの記」を著 した。 ...続きを見る

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2017/08/11 11:54
迷走する古道探し2、花巻ふたたび
迷走する古道探し2、花巻ふたたび 花巻市の山の神地内をとおって旧奥州街道にある同心屋敷手前で合流する岩崎街道を確認することから古道探しを始めた。 ...続きを見る

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2017/08/10 11:19
迷走する古道探し−花巻・北上
迷走する古道探し−花巻・北上 さすがに800年の時の流れは遠い! ...続きを見る

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2017/08/09 11:46
遠い「雄勝」への道
遠い「雄勝」への道 横手市をぬけ、雄物川をわたったのはもう10時になろうとする頃だった。 ...続きを見る

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2017/08/06 17:54
古道探しの!7月15日
古道探しの!7月15日 中世の和賀郡を中心に勢力をひろげた和賀氏。 ...続きを見る

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2017/07/19 09:45
猛暑日だった!7月14日(金)
猛暑日だった!7月14日(金) 朝、北上市内をでて南に向かうR4はクルマが多かったが、金ヶ崎町との境あたりにある工業団地への出勤者のものと思われた。水沢・一関をすぎ、県境をこえて栗原市金成藤渡戸から右折して県道182号線で山あいのを行き、段の原から左折して津久毛への道をたどり、まもなく平野部の岩ケ崎にでた。 ...続きを見る

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2017/07/18 12:24
カラ梅雨?の7月13日(木)
カラ梅雨?の7月13日(木) 通勤時間のR4弘前バイパスを南下し、碇ヶ関の追分を左折してつづら折りの坂道を上り坂梨峠をこえる。頂上には旧藩時代の道だった炭塚山への史跡案内もあるのだが、いまはとても行けるようにはなっていないようだ。 ...続きを見る

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2017/07/17 09:39
続・伝承の「照井太郎」
続・伝承の「照井太郎」 照井水神にある「先人供養碑」には「太郎高春」とならんで「太郎高泰」の名が刻まれている。 ...続きを見る

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2017/07/02 07:36
伝承の「照井太郎」
伝承の「照井太郎」 『吾妻鏡』の文治五年八月大七日で平泉方の守備戦線について記述している。それによれば、 ...続きを見る

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2017/06/28 14:32
平泉藤原氏の郎従・照井太郎の伝承
平泉藤原氏の郎従・照井太郎の伝承 由利八郎が切りつけたという志和稲荷街道ぞいの「錦戸太郎の墓」と似たような伝承が、宮城県大崎市岩出山町の来迎寺にある。 ...続きを見る

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2017/06/26 09:31
平泉藤原氏の郎従・由利八郎の伝承
平泉藤原氏の郎従・由利八郎の伝承 総勢28万余とされる鎌倉軍が集結した陣ヶ岡での問答で名をあげた平泉藤原氏の郎従・由利八郎。 その陣ヶ岡のある紫波町の“広報しわ”「ふるさと物語」のなかに「錦戸太郎の墓」と題した伝説が載ってある。 ...続きを見る

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2017/06/25 09:01

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