アラ・ハバキの「道の奥」廻り

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zoom RSS 八戸市内の伊豆・工藤氏伝承を追って

<<   作成日時 : 2017/03/26 16:07   >>

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八戸から三戸にかけて、伊豆の工藤氏にかかわる伝承が点在することを知った。
盛岡藩南部氏の創業伝説に先行するものではないだろうかとおもわれて興味深いものがある。


八戸市立図書館で八戸市内と南部町内の史跡をあらためて確認したあと、まずは市内松館にむかった。
数年前に陸奥湊にある大祐神社をたずねたとき、その由来に「松館」の地名が記されていたからだが、頼りは大慈寺しか思いうかばない。

大慈寺はここ松館と糠塚(住所表記は長者1−6)の二ヵ所にあり、歴史の変遷の結果、いまは本末の関係になっている。遠野市にもあり、いづれも福聚山(ふくじゅざん)の山号をもっている。

ついで大祐神社にまわり、境内にある「大祐明神岩」の由来書きを再確認し、あらためてそのせまい境内をながめた。


<松館の大慈寺>
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<大祐神社>
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陸奥湊の駅前を通ると、外に数人並んでいる食堂が目にはいった。「みなと食堂」とある。
行列ができるんだ、と感心しながら蕪島へいく。

ウミネコに気をとられたせいでもないだろうが、蕪島神社の由来については考えたこともなかった。それが、工藤氏の名前がでてきておどろいた。
江の島に似ているから弁財天を勧請した、という伝承だが、そんなに似ているだろうか?

というわけで、蕪島をマリエントがわの浜からながめてみた。
ウミネコの乱舞と冷たい海風には閉口したが、江の島似?を確認!し、帰りにみなと食堂へ寄ったら、午後2時をすぎてもまだまだ満席だった。

ひとつだけ残念なことに諏訪神社をのこしてしまった。



<蕪島>
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<みなと食堂、2014年>
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