アラ・ハバキの「道の奥」廻り

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<<   作成日時 : 2017/12/03 11:35   >>

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市女笠をモチーフにした建物が特徴の道の駅おがち「小町の郷」は、昼どきとあって多くのクルマが駐車していてけっこう遠くのナンバーもみかけた。
市女笠はもともと市場で行商する女性−市女−が用いたものだが、平安中期以降多くの人にひろまったという。

小町の時代の古道の風景を目にしておこうとR108号線で役内川を上流にむかい、有屋(ありや)峠への道をいくと道端に「目覚めの清水」があり、何本ものビンをもって汲んでいる人が2〜3組もいた。それを横目に薄久内(うすくない)の集落をすぎたさきまで行き、道幅がせまくなったところで引きかえしてR13号線にもどり院内の関所跡にたちよった。

江戸初期に、これまでの有屋(ありや)峠を廃して院内杉峠を開き、羽州(うしゅう)街道の整備を進め、ここに関所がおかれた。初め、秋田藩では主要な番所を関所と呼んでいたが、のちにその呼称をかえている。
ところで、復元された関所跡の門に「院内関門 縮製模造」と掲げてあったが、これは現役だったころのものよりは縮小しているということらしい。


<市女笠の道の駅おがち>
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<院内関門 縮製模造>
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山形県にはいり金山町、新庄市をすぎて舟形町でR13から右折して県道を長者原までいき、こんどは左折して最上川にでた。目のまえに1956年(昭和31年)に架けられた赤い堀内橋があり、そのわきにはそれまでの木橋への古い道ものこっていた。


平安時代に全国に敷かれた駅伝制の中で、駅馬や伝馬の他に舟を配置した駅家−水駅(すいえき)−は、出羽国以外には見られない独特なものである。「野後」( のじり)駅、「避翼」( さばね)駅、「佐藝」( さけ)駅、「白谷」( しらや)駅が最上川沿いにあったという。


最上川に小国川が合流するここ堀内橋の右岸がわにある「ホーヤ遺跡」が、水駅の一つ「避翼」( さばね)駅に推定されている。そこは遺跡地図からみると老健施設の裏手のようで、施設のよこに「富田ホーヤ沢維持管理組合」という農業用水関連の看板がたっていた。

長者原のほうにもどって途中にある猿羽根楯跡によってみると、史跡案内図には中世の山城の説明で水駅にはふれていなかった。

堀内橋をわたって最上川ぞいにいくと、一時油田と亜炭の採掘場があったという実栗屋(みくりや)地内をこえて、道は大石田町大浦へくだっていった。けっこう高い場所から下りて行く感覚がある。眺望のいい小坂峠ではあいにく道路工事中でクルマを停止できずに走り、青い色があざやかな大浦橋にでた。

それまでの渡し舟、その後の鉄製つり橋に代わり、1982(昭和五十七)年に今の大浦橋になったという。

最上川をわたると駒籠地区だ。
野尻川との合流点が水駅の「野後(のじり)駅」に比定されているが、その河岸にたつとうっそうとした森がみえるだけだった。


<水駅の比定地マップ>
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<堀内橋>
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<最上川と野尻川合流地点/最上川電子大事典から>
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