アラ・ハバキの「道の奥」廻り

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zoom RSS 安寿と厨子王物語由来の地

<<   作成日時 : 2018/02/02 12:49   >>

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福島市内を訪ねたとき、高みとなっているいくつかの公園に上った。

そのうちの一つ弁天山は福島市の中心部を南から望む位置にあって、期待以上に眺望にめぐまれていた。公園内にある東の展望所と椿山のあいだに、2010年12月に渡利地区歴史研究会の名で設置されたまだ新しい石碑には「安寿と厨子王物語由来の地」の由来と絵がほられてあった。

<安寿と厨子王物語由来の地>
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森鴎外著の「山椒大夫」に登場する安寿と厨子王の物語は、おなじ福島県内のいわき市をはじめ日本海側の地に多くの伝承がある。

江戸末期の郷土誌「信達一統志(しんたついっとうし)」は福島県北の信夫郡と伊達郡の事跡を著わしたものだが、

−山茶(つばき)舘 大熊川の上ほとり水に臨みてあり。むかし岩城判官政氏居城すとも云いう。案ずるに政氏と云人国史に見えず。小説に陸奥国の大守なりと云へり。略−

と椿館についてのべている。


青森県津軽地方の安寿にまつわる「丹後日和」の由来は岩木山信仰からひろまったそうだが、太宰治の「津軽」にもとり入れられているほどで、弘前市内には「安寿、厨子王、母」の像が元寺町の市民中央広場に建てられてもいる。

<弘前市「安寿、厨子王、母」像/和奴のひとりごと>
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森鴎外の「山椒大夫」の時代背景は前九年合戦(1051年〜1062年)から後三年合戦(1083年〜1087年)の頃にあたっている。

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