アラ・ハバキの「道の奥」廻り

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zoom RSS 阿久利川古戦場

<<   作成日時 : 2018/02/04 17:52   >>

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天喜4年(1056 年)2月に起きた阿久利川事件は、鬼切部合戦から始まり、厨川柵で終わった前九年合戦の長い攻防の転換点となる重要な出来事だった。

この阿久利川については、アクリとよみ、一関市赤荻(アコウギ)に比定して磐井川と考えられていた。しかしアクリではなくアクトと読み、栗原市築館地内の阿久戸にあたるとして一迫(いちはさま)川という説が有力となっている。


古代の城柵「伊治城」を訪ねたとき、城柵跡から国道4号線をわたり東へいくとまもなく一迫川にでた。架けられている橋には欄干がなく、かわりに高さ10数cmのブロックがあった。これが阿久戸(あくどばし・あくとばし)橋で潜り橋という形態らしい。

くりはら地形紀行(5完)潜り橋(迫川水系)/河北日報 2017年08月25日には

−(略)水害常襲地帯の迫川水系で見られるのは、欄干がない「潜り橋」だ。欄干がない橋は全国各地にあり、沈下橋や冠水橋とも呼ばれる。通常の橋より低い位置に架けられており、増水時は水面下に沈む。欄干がないから流木が引っ掛かる可能性は低く、大破を免れることができる。
 栗原市ジオパーク推進室によると、市内で確認できた潜り橋は9本。全域が地形や地質を生かした自然公園「ジオパーク」に認定されている同市は、潜り橋を水害常襲地帯に架かる特徴的な建造物として、見学サイトの一つに位置付ける。―

とあった。

また、迫川の概要/宮城県HPによると

− ”迫”は”峡”、即ち山の間を意味することもあり、また、この地方が奈良平安初期の時代まで長く王朝と蝦夷勢力との接触の狭間,つまり境界線でもあったといわれる。
 古くは花山川,輝(照)井川,阿栗川,阿久根川,一迫川と呼ばれていた迫川は,宮城,岩手,秋田の三県境にそびえ立つ奥羽山脈の峻峰栗駒山(標高1,627m)の南麓に三つの峡谷を開き、この峡谷を流下している迫川、二迫川、三迫川の三河川からなっている。−

と出典はわからないが、阿栗川という呼び名もあったようである。


「伊治(これはり)城」から東北古代史を読み解くシンポジウム」の文に

―「続日本紀」によると、伊治城は767(神護景雲元)年に造営された。780(宝亀11)年、郡の長官だった伊治公(きみ)呰麻呂(あざまろ)が、さらに北方に城を造営するために朝廷から派遣された按察使(あぜち)らを城内で殺害した。呰麻呂は官位を授けられた「蝦夷(えみし)」で、暗殺に続いて多賀城を放火。朝廷は征討軍を送った。―

とある、この「アザマロの大乱」と宝亀5年(774年)から弘仁2年(811年)までの三十八年間の奈良平安朝対蝦夷の戦争から天喜4年(1056 年)までおよそ250年。

その間に胆沢城・志和城(のち徳丹城に移転)と北上した平安朝政府は、その勢力範囲をふたたびアクリ川まで押し戻されていたということだろうか?

阿久利川の出来事は、『陸奥話記』が記すように奥六郡の俘囚長安倍氏の郡を越えた拡張がもたらしたものか、または陸奥守兼鎮守(府)将軍の源頼義とその部下による陰謀によるものか、ふたつの説がある。

阿久戸橋のちかくに建てられた「前九年の役」古戦場の跡案内板には、出来事の経緯につづいて

―(奥六郡の俘囚長)頼時は(息子の)貞任をかばい「人倫の世にあるは皆妻子のためなり、貞任愚なりといえども父子の愛は捨て去るべからず」として反乱(前九年の役)が始まった。−

と、『陸奥話記』から引用の一文を記していた。

陸奥守兼鎮守(府)将軍の源頼義について、「蝦夷の末裔 前九年後三年の役の実像」(高橋崇)は

−源頼義は私的な利益の追求のために阿倍氏追討にこだわったのではないかと推定している。阿倍氏滅亡後、伊予守に任命されても二年間陸奥からうごかなかったのも、陸奥国周辺において何らかの利益獲得を期待していたからであろうとする。『陸奥話記』には頼義の私的な権力拡張欲をはっきり伺わせる叙述はみられないが、阿久利川事件のきわめて専横な処理、「守」任期切れ寸前に起こる戦闘、清原氏への私的な援助要請等、任務に忠実な「追討将軍」としてのみでは理解できない叙述は指摘できる。―

と評している。


<阿久戸橋周辺図/入の沢遺跡資料から>
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<阿久戸橋あたり>
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<前九年の役古戦場の跡案内板>
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