アラ・ハバキの「道の奥」廻り

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zoom RSS 土瀝青、米代川を遡る@北秋田市「藤株遺跡」

<<   作成日時 : 2018/06/22 11:51   >>

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 能代市(旧二ツ井町)烏野(からすの)上岱(うえだい)遺跡で精製された土瀝青(天然アスファルト)が、八戸市風張(かざはり)T遺跡から出土した「合掌土偶」の補修につかわれたとすれば、どのような道をへて出会ったものなのか。

 いまから3500年前、紀元前1500年というはるかな昔にも米代川流域を東へむかい、鷹巣・大館・鹿角から奥羽山系を越えてさらに安比川、馬淵川の道沿いに、いくつかの拠点的集落の遺跡が点在していた。

<米代川流域の拠点的集落遺跡>
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 伊勢堂岱遺跡から東へ4km、ちょうど大館能代空港をはさんで藤株遺跡がある。空港の東を流れる小猿部川が米代川に合流し、さらにその小猿部川に流れ込む小森川の右岸に藤株遺跡は位置している。

 出土した石器類をみると、石鏃794点のうちアスフアルトの付着したものが90点、石匙は162点のうち22点にアスファルトが付着していた。わずかながらもメノウ・黒曜石など遠距離からもたらされた物もあるなど、拠点的集落だった様子がうかがえる。

 また、縄文前期から晩期にかけて永く継続して集落が営まれたようで、後期には米代川流域に特徴的な「円形柱穴列建物」という小さな柱穴が円形に整然と並ぶ構造の建物跡もみつかっている。これらからも拠点的集落だったと言えるかもしれない。 

 
 国道7号から南へいく国道105号は鷹巣町の中心街をはなれてバイバスになっているが、まもなく米代川をこえる。ここから、藤株遺跡のある秋田道鷹巣ICまで「2km」の表示がある。左にある鷹巣南中のまえのゆるやかな坂を上り下るとすぐに到着した。


<藤株遺跡周辺図>
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<藤株遺跡図>
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 1980年と2012年の2回発掘調査されているが、2回目調査の遺跡は鷹巣ICの下になっているので、すこし離れた小猿部川あたりから遠景を望みながら小休止とした。

 脇神から集落間をつなぐ道を東へいくと、小森川をわたって国道105号にでる。
 畦畔ぞいにICに近寄るが、高低差が古くからのものかどうかわからないので、秋田道をくぐる道路を北側にでて藤株集落をながめると、そこははっきりと台地になってみえる地形がわかった。

 場所をかえて、鷹巣ICの東南に位置する高森集落の小道をいくとけっこうな坂になっていて、民家がとぎれた上には水田がある広々とした平坦地で、やや離れて石倉森さらにニヶ森の小山につづいていた。

 山の幸、川の幸さらに米代川にでれば日本海へつながる暮らしやすい土地だったのだろうと思われる。


<鷹巣IC遠景>
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<鷹巣IC北側の台地状の地形>
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<鷹巣IC東南部の下りの地形>
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