アラ・ハバキの「道の奥」廻り

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zoom RSS 土瀝青(天然アスファルト)も旅をする

<<   作成日時 : 2018/06/13 15:17   >>

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 縄文時代後期後半(紀元前1500年頃)の八戸市風張T遺跡から出土した合掌土偶は、土瀝青(天然アスファルト)によって修復されていた。修復に使われた秋田産の湧出地、駒形不動沢に近い鳥野遺跡は中期後葉〜後期初頭(紀元前1500年〜紀元前2000年)にかけての集落で、その遺構の形態や多量の黒曜石出土などから当時の拠点的集落だった、と報告書に記載されている。

 駒形不動沢で採取し、烏野上岱(からすの・うわだい)遺跡で精錬した土瀝青(天然アスファルト)を管理する拠点的集落の烏野遺跡の住居者にとっては有力な交易物となっていたと思われる。

 烏野遺跡の足元を米代川がゆるやかに流れている。

 川に沿って東にむかうと、縄文時代後期前葉(紀元前1,700年頃〜紀元前2,000年)の伊勢堂岱遺跡がある。
 国内では唯一の4つの環状列石が発見された遺跡は、現在、国指定史跡となっている。さらに掘立柱建物跡、土坑墓、柱穴、溝状遺構などから当時の拠点的集落だったと思われ、遺跡発掘調査報告書にはー三脚石器の表面にアスファルトが付着しているのが目立つーとあるが、三脚石器の用途には利器と祭祀用との二説があり、さらに拠点的集落の裏付けとなる。

 烏野遺跡から国道7号を東にむかうと、北秋田市域にはいってまもなく伊勢堂岱遺跡への案内板が出ていて右折する。大館能代空港へ続く道は工事中の個所もあってダンプトラックの走る姿も目につくようになる。
 道を左に折れてまわるようにして道路をくぐると平屋の黒く真新しい建物があった。広い駐車場にクルマを停めて脇の道路の方から周囲を見渡していたら、係りの人から声をかけられた。

 展示館にはいって、入館の手続きをすると案内パンフといっしょに『鈴』も渡された。クマよけだそうだが、あとで一週間ほど前にも近くに出たことを知った。

 通路のわきに意味のわからない橋脚のようなコンクリートが建っていたが、あれは道路の設計変更の記念として残しておいたものらしい。

 遺跡のある丘陵の下を流れる湯車川にかかる縄文渡橋からさきは上り坂になる。縄文の森の方は遠慮してまっすぐ四つの環状列石の丘へあがった。

 北に白神の山々がみえ、米代川もちかい。報告書によると、南側には広い平坦地もあるがわざわざ眺めの良い場所に手をくわえて配石したと考えられるという。


<伊勢堂岱遺跡入口>
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<環状列石>
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<北に白神の山々>
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<縄文館にあるジオラマ>
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